おかいさんといっしょ

おかいさんが極めて個人的なことを吐き出すからいっしょういっしょにいてくれやみたいなブログ

私の上司は怒りの化身

オガ主任はいつも怒っていた。

世界に対して怒り、家族に対して怒り、自分の人生に対して怒っていた。

 

天然キャラの同僚スギモトさんは、よせばいいのに「なんでそんなに怒るんですかぁ?」と質問し、案の定滅茶苦茶な罵声を浴びせられ泣いていた。

オガ主任は怒るために生まれてきたんだろうか、何もかも気に食わないといわんばかりのふるまいは、「許るさーん!!」という誤植怒りで有名なギース・ハワードも裸足で逃げ出すフェイタルフューリーだった。

 

■憤怒生まれのオガ主任

オガ主任は私が新卒で務めた会社の主任であった女性である。小学生のお子さんがいる既婚者だが、他の営業マンと変わらぬ仕事ぶりだった。

単独で動くことが多い部署だったので実際の仕事ぶりはよくわからないものの、実績数字もそこそこで大きなミスをしたということも聞かなかった。そして本社の幹部にも顔が利くらしく、たまに会議等で一緒になるとにこやかに談笑している姿もみられた、会社としては優秀な人材だったのだろう。

 

しかしその笑顔は支店勤務の我々に向けられることは決して無かった、オガ主任は本当に常に怒っていた。

同僚や部下のミスで怒るのは序の口で、お土産品のセンスが悪いとか会社行事の日程が都合悪いとかそんな理由でも怒っていたし、私も新人歓迎会でサラダより先に刺身を食べるのはマナー違反という理由でいきなり怒られた、出された順序で箸を付けただけなのに意味がわからない。さらに翌日は息子さんがしまじろうのビデオ視聴が好き過ぎるということでも朝から怒っていた。いや、しまじろうくらいみせてやれ、小学生の息子に「腹立つわぁ」とか言うな。

 

もちろん私は決して口を挟まず、同意を求められた時のみ「そうですねぇ」「困りましたねぇ」とあいまいな返答をする、これが平和かつ円滑に仕事を進める社会人の姿だと学習していった。

 

 

■煮えたぎる怒り

「オガさぁーん、たまごっち具合悪いんだけどなんとかならない?」

 

空気が読めないことで有名な経理部のトダ部長がやってきた、いきなりたまごっちとか何を言ってるんだこの人は。

 

「イヤワカラナイ、ワカラナイデスネ」

 

険しい顔をしながらも決してトダ部長の方を向こうとせず、ノートパソコンの画面に視線を集中して対応するオガ主任。眉間にシワが寄りまくっており、見栄を切る歌舞伎役者みたいだ。

 

「いやー娘に世話頼まれたのに、どうしようこれどうしようねぇ、ねぇ?」

 

すでに歌舞伎を終え、ナマハゲさながらの形相になりつつあるオガ主任に気付いていないのか、トダ部長は止まらない。部長の方が役職的には上なので、ながら対応をする主任はちょっと失礼なのかもしれないが、まぁ内容が内容なので主任に同情もする。そして執拗につきまとう部長にオガ主任がキレた。

 

「だからわからないって何度も言いましたよねぇ!! 聞いてます? おいなぁ、あぁん!?」

 

机を叩いて立ち上がり抑えていた感情をいきなりぶっぱなす主任、この人はこれが怖い、「あぁん!?」って言いながらすごむ姿は昔のヤンキー漫画みたいだ。

常に怒ってはいるのだが発散するときが突然過ぎる、1速と6速しかない車みたいな無茶な設計をされているので一旦始まるといきなり怒りのボルテージはトップギアだ。残り少ないトダ部長の毛髪が吹き飛ばんばかりに怒り暴れる姿は青森ねぶた祭りの山車灯篭を思わせた。

 

そしてその日、トダ部長の心とたまごっちは死んだ。

 

 

 

■無差別な怒り

オガ主任は容赦がない、怒る理由もよくわからない。

会議の時に課長から時計回りに意見を聞く流れになった時にも突然フルスロットルだ。

 

「なんでいつもアタシに聞くのっ!? 嫌なんですけど!!」

 

会議室に響いた声にみんなキョトンとする。意見を出させてもらえないならいざ知らず、主任の考えをと促されてこの流れだし、どのみち全員の意見を聞く会議なのにである。会議をとり仕切る課長は、じゃあ逆回りで聞いていこうと軟着陸を試みる。

 

上司ならば厳しく指導すべきでないかという考えもあるが、一度怒りだしたオガ主任は理屈よりも感情が上回り、獰猛な猿のように暴れまわるので手におえない。奇声をあげながらそこらじゅう走り回る猿を話し合いで解決しようと思っても徒労感が残るだけ、会議の空中分解という惨事を避けた課長の舵取りは正しいと言える。

 

もう新人も上司も関係ない、何がきっかけで爆発するかわからない一触即発のオガ主任は自然と孤立していった。そして直接声をかけなければ被弾は避けられたので、たとえ向かいに座っている状態であってもメールで連絡することが多くなった。

そして今日もメールソフトを起動して会話が始まった。

 

[お疲れ様です]

[今日の会議は~]

[それの案件は来週になりましたよ]

[えっ、本当?]

[さっき課長が電話でアポとりました]

 

ことわっておくがコレは会話しているわけでもチャットでもなく、社内で対面している人間同士のメールのやりとりであり、相手の顔が目の前にあっても目を合わすことなく、キーボードを叩く音だけが響いている。ネット回線を通じるとオガ主任が普通の人のように思えることも含めて現代社会の闇みたいな構図だ。

 

オガ主任が来るぞ

 

主任の気配を感じるとオフィスは一様に大人しくなり、お通夜のような雰囲気で主任を迎える。誰も何も喋らない、沈黙の歓待である。

 

 

■無謀な怒り

ある日、新人のタダノ君が主任との朝の打ち合わせに遅刻していた、遅れるという連絡も入っていないらしい。当の主任は別件の書類をまとめる作業をしていて一見おとなしい、しかし状況を理解している者はみなこれは荒れる、オガねぶた祭りの開幕だとハラハラしていた。

 

「あーすんません、なんか朝からハラ痛くてねぇ」

 

タダノ君がやってきた。なんだその態度、主任じゃなくても怒るぞそれは。

 

「……タダノ君、なんかアタシに言うことないの?」

 

うわ、オガ主任めちゃめちゃキレてる、なんか震えてるし。

 

「あ、主任大変申し訳ないッス、腹痛だけはどうにも――」

 

よせタダノ、その態度は死へのプレリュードだぞ、こうなったら頭丸めて土下座くらいしろ。っていうか主任のこと知っててよくそんなゴキゲンな対応できるな、自殺志願者か、変なクスリでもやってんのか。

 

「申し訳ないじゃねぇよぉコラぁ!! あぁ!?」

 

キングジムのファイルをぶちまけながら主任が立ち上がった、それはもう火を吐くドラゴンさながらの迫力、カードゲームだったらきっと盤面を壊滅させながら登場する大型クリーチャーだ。

 

《怒りの化身オガシュニン》

このカードが場に出た時、怒鳴り散らしながら相手のカードを好きなだけ窓から投げ捨ててもよい。

 

みたいな無茶な効果をもった高額で取引される伝説のレアカードだ。

 

「まぁまぁ主任そんなに怒らないで、怒りはなにも生み出さないッス、もっと建設的な話をしましょう」

 

ああ、タダノはクスリやってるわ、怒られてる当事者がする話じゃないだろそれ。ほらみろ、オガ主任怒り過ぎて奇声あげはじめたじゃないか「キィエアアアアア!! タダゥアノオオオオオオオ!!」って。

 

 

■永遠憤怒のオガ主任

このままだと死人が出る、誰か仲裁してあげないと。そう思ってるとスギモトさんが前に出た、不安しかないぞ大丈夫か。

 

「タダノくんその態度は駄目だよ、主任の気持ちも考えて」

 

おおなんかまともなことを、見直したぞ、ちゃんと先輩らしい対応ができるじゃないか。そしてさらに言葉が続く、がんばれスギモト。

 

「女性はいろいろ大変なんだよ、更年期とか」

 

馬鹿野郎スギモト馬鹿野郎。

この流れであの人は更年期だなんて言ったら怒られるのは自分にもわかる、たしか主任はまだ30代だぞ。スギモトさんの出した助け舟は泥船だった、それどころか火に油、松岡修造に速水もこみちだ。燃え尽きて真っ黒になれば松崎しげるだ。

 

オフィス内は焦土と化した。泣き出したスギモトさんは「泣くんじゃねぇ!!」って一喝されてまたメソメソする無限ループ、そして横のタダノ君は顔色がどんどんドス黒くなりながら闇に沈む地蔵と化していた、闇しげる地蔵の爆誕だ。

 

後にこの事件は「焦土の6月」と語り継がれることとなった。

 

 

 

翌日の出勤時、会社の玄関に入ると靴箱前にオガ主任が見えた。

……どうしよう、昨日の今日だしあまり関わりたくない、しかしこの状況で無視をしたなどということになればそれこそ問題だし、挨拶は社会人の基本。

ええいままよ、ここはとにかく元気に挨拶だ、オガ主任おはようございます!!

 

「…………岡井君ずっと後ろにいたの?」

 

ん? いやずっとと言うか、今来て、今主任に気付いたんですよ。

 

「……会社の入口まで一本道なのに、先を歩いてたアタシに気付かなかったと?」

 

あっハイそうなりますね、たまたま玄関で追いついたというタイミングで……

 

「先輩に挨拶もせんとコソコソ隠れてたのかオマエはぁ!!」

 

 

 

どうすればいいんだ、完全に誤解だけど、これを防ぐ手段は出勤経路を常に全力疾走しかないぞ。

 

ここは出口の見えないオガラビリンス、「焦土の6月」の犠牲者には私も含まれている。

この世に大切なのは相手を怒らせないことではない、怒る人に近寄らないことだと、あなたは教えてくれた。

 

 

 

私の上司は怒りの化身     終