他人が握ったおにぎりに対するちょっとした躊躇みたいな感情
タルトの上に色鮮やかな果物を立体的に乗せる
生クリームは欲張らず、上品にあしらいたい
アイスクリームの位置取りには注意しろ、流れるとレイアウトが台無しだ
ラズベリーソースは皿を彩る絵具、センスが問われる
素人にしてはよくできたなどと自己満足に浸りつつコーヒーを淹れる。
■コイケ君の底知れぬ欲望
私の趣味の一つにデザートプレートを作るというものがある。
お菓子作りと言わないのは、焼き菓子系を作ることに自体はそれほどでもなく、盛り付けや細工部分が好きなのだと自覚しているので区別している。画像にあるリンゴの飾り切りをしている時なんか、バカじゃねえのってくらいテンションが上がっていた。
そして一人暮らしなのにフルーツタルトを1ホール分作ってしまって、どう処理していいのか途方に暮れるまでが1セットである。
そしてこの趣味の話は仲間内ではしない、私の友人はだいたいオッサンなのでスイーツ云々の話には興味が無い奴らばかりだ。昔ちょっと語ってみたこともあるが、「おおアレだな、インスタ、インスタバエってヤツだな、ガハハ」と焼酎をあおりながら言われる始末だ、多分彼らはインスタのこともあまり理解していない。
「まぁ岡井が作ってもな、これがカワイイ女の子だったらみんな食いつくさ」
フォローのつもりか隣に座っていたカズヒロが言う、オッサンが作るスイーツよりも女の子が作った方がうれしいし、おいしそうに思えるということだろう。
私はまずこの認識が間違っていることを伝えたい、お前らはそもそもカワイイ女の子が好きなだけだスケベ野郎どもめ、広瀬すずが作ったなら明らかにマズい料理でも「個性的な味付けでオイシイですぅ」くらい言う、たとえ生ゴミが皿に盛られても全部食べるのが男気だと勘違いしている歩く下心どもだ、料理の内容など関係ない。SMクラブで女王様から「もう勘弁して」と指名を拒否されたコイケ君なんてうんことか出されてもペロリといきそうだ……いやそれはちょっと主旨が変わってるか。
■おばあちゃん謎の汁を出す
しかし料理において「誰が」というのは重要な要素だとは思う、それは手作りという要素が大きくかかわってくるからだ。なにしろ直接口に入るもの、誰が何を入れたかがわからない状況など不安でたまらない。
芸能人がファンから手作りお菓子を差し入れされる話などはその典型、もちろん大部分は問題ないものとは思うが、得体の知れない何かが混入されていないという保証も無い、そのため食べ物系はルールとして一切受け取らない人もいるくらいだ。
そろそろ男性アイドルがバレンタインデーに送られたチョコレートの成分解析する番組とかがはじまってもおかしくない、色んな意味でドキドキしそう。
私が知人のおばあちゃん宅を訪ねた時の話だ。談笑をしていると飲み物を出してくれた、ああすいません気をつかわせてしまってなどと話していると、目の前に置かれたのはなんだかよくわからない灰色がかった緑の液体。
なんだこれは、飲み物なのか、申し訳ないが見た目は完全にヘドロだ、飲んではいけないと脳内で警報が鳴りっぱなしだ。コップを見つめたまま固まっている私に、健康にいいジュースだからとすすめてくるおばあちゃんがいい人なのは知っている、しかしこの液体を喉に通すのは相当な勇気がいる、少々気まずいが何が入っているか聞いてみよう。
「牛乳と…緑の野菜と…あと、色々だよぅ」
「緑の野菜」の時点でかなりぼかされた、実質入った情報が牛乳となんかの野菜ってことだけだ。そうしているとジュースは嫌いだったかいと寂しそうな顔をするおばあちゃん、ええい仕方ないと腹をくくり飲み干す。……妙に粘度が高い、なんだこれ、よくわからないけど多分昆布が入ってる、怖い、マズいとかより先に怖いという感情が出てくる、飲むと恐怖心が湧くドリンクとか画期的すぎる。
そう、未知とは恐怖であり、人間が持つ防衛本能として拒絶しようとするのは当然のことある。
■ちなみにコイケ君はけっこうモテる
私は隣でエイヒレをかじっていたカズヒロに伝える。
あまり知らない人が作った料理、特に直接触れたものに抵抗感があるというのもうなずける話。知らないおじさんから受け取ったおにぎりにちぢれ毛とかが混入していたら、おにぎりそのものがトラウマになりかねない。問題の本質は衛生面では無く人と人との信頼の問題なのだ。
未知の存在に対する防衛本能があるということは、逆に言えばそれが信頼できる存在であれば躊躇なく手が出せるということ。
熱弁しているとコイケ君が女の子のちぢれ毛は金払ってでも吸引したいとか言ってきた、ちょっと黙ってろ。
人間同士で大切なのは信頼。「キミのつくった味噌汁が毎日飲みたい」というプロポーズは生活感が出過ぎて嫌という女性もいるらしいが、それは最も信用できる存在になって欲しいという意味を考えてみればこれほどロマンチックな言葉は無い。
私の作るスイーツへの反応が薄いのは、私がまだ信頼されていないということになる。しかしそれは今後岡井の作る料理はとんでもなくうまいと認識、そして信頼となればまた反応が変わってくるに違いない。
これから折をみて私の料理をふるまおう、みんなを満足させる料理を目指して、それが信頼になることを目指して。
少し照れながらカズヒロに伝えると、彼は微笑んでこう言った。
「いや、オマエが広瀬すずにでもならない限り、みんなは満足しないよ」
私はその日以来彼らの前で料理の話をするのをやめた。
他人が握ったおにぎりに対するちょっとした躊躇みたいな感情 終