ネット上で異様に攻撃的な人をみると思い出すじゅむへんく
ネット上で批判的なコメントが集中する様が「炎上」と称されるようになってどれほどたっただろう。
発信することが容易になった世の中、SNSに何気なくアップしたコメントや写真も油断するとあっという間に火だるまになってしまう。
私が子供の頃は、ノストラダムスの予言からキバヤシが人類の滅亡を予想し、滅亡せずとも核の炎に包まれてモヒカンがヒャッハーする世紀末になるのではと不安になったものだ。
幸いなことに現実世界は滅亡もヒャッハーも無かった。しかしめざましい発展を遂げたネット上の一部は、現在進行形で炎に包まれている世紀末状態と言っても過言ではない。
■一番弱ってる奴はだれだーーー?
モヒカンよろしくネット上で異様に攻撃的な人は確かに存在していて、別に自分に何の損失も無い出来事でも全力で当事者を殴りに行くし、無関係でありながら正義の旗をふって謝罪しろと大合唱する。
私はこうしたネット社会の話題になると思い出すキャラクターがいる、前述したキバヤシでもモヒカンでもない、その名をじゅむへんくと言った。
じゅむへんくは『新桃太郎伝説』というスーパーファミコンのゲームに出てくるふんどし一丁の鬼で、身の丈ほどもありそうな大剣をふりかぶっている敵だ。
その姿は現代ならば「無課金ユーザーがリセマラして武器だけSSR」みたいに称されるかもしれないが、なんか攻撃力は高そうだなと予想できるものだった。
そしてコイツの恐ろしいところは、一番弱っている仲間に集中してクリティカルを浴びせてくる特性であり、回避するためには速攻で倒してしまうか逃げるしかない。しかしこのゲームは非常にシビアな難易度になっており、もともと体力の低い仲間の浦島などはコイツのせいで何度も大怪我をした。
じゅむへんくは架空のキャラクターだが、その行動パターンを考えるとどうもネット上に実在しているのではと思うことがある。
悪事をはたらいたり、倫理的に問題のある発言をした者が非難されるのは仕方が無い。ましてや直接的に被害や迷惑を被っている立場ならば、厳しい糾弾や実力行使に出ることもあるかもしれない。
しかし中にはまったく無関係であるにもかかわらず、謝罪や賠償を求めたり、論破したい、袋叩きにしたいという要求を満たすために、しつこく粘着するじゅむへんくと思われる存在がしばしば出現するのだ。
■浦島にせまる現代版じゅむへんく
昨日は必要以上に魚を釣りすぎて村の人に怒られてしまった……
反省して今日はおとなしくしていよう……
くふっふっふっふっふっ!
いちばん 弱っている奴は
誰だあーーーーー?
浦島! おまえか!
えっ!? わたしはたしかに悪いことをしましたが、あなたは誰ですか?
俺は特に関係ない通りすがり
だが村の奴らの意見を聞いた言わば正義の使者
オマエはひどい奴だ 成敗する!!
えっ!? 通りすがりが何故? あなたにはどんな迷惑が?
うるさぁい!!
みんなが悪い奴だと言っているオマエを叩く俺が正義なんだ!!
俺に謝罪して 俺をいい気持ちにさせろぉ!!
当事者間で話はまとまりましたし、なぜあなたに向けて謝罪を!?
おっ 開き直りか?
皆さーん 彼は「謝罪の必要は無い」って言いましたよ
これは大問題発言ですねぇ 反省してませんねぇ
いや、そうは言ってないですけど
謝罪しろ!! 謝罪しろ!!
俺たちが気持ちよく殴れるサンドバックになれ!!
そもそも魚を釣るなんて可愛そう、魚の気持ちを考えたことがありますか?
……
■愛と勇気のもとに
炎上と言っても様々なケースがあって、一概に誰が悪いとは言えない。炎上するほど注目されることが人気の証と考えることもできるし、炎上商法や炎上芸なんて言葉も定着しているくらいだ。
ここで前述した『新桃太郎伝説』より天の仙人の言葉を紹介したい。
ウヒャヒャヒャ…桃太郎よ! 何をそんなにあせっておる!
鬼をたおすのではなく 愛と勇気を伝えるのじゃ! あせることはない!
もう一度じゅむへんくをこらしめてみせい!
桃太郎 おまえなら出来るはずじゃ…ウヒャヒャヒャ…!
たおすのではなく、愛と勇気を伝える。なんといい言葉であろうか、頭部がアンパンになるような気すらしてくる。
私も過剰に攻撃的にならず、愛と勇気をもって人と接するように心がけたい。
ゲーム中の桃太郎は幾度と無く真剣を鬼の脳天に叩き込んだりするけれど、殺意は無くこらしめているだけだし、他人の農作物を盗み食いしたり、女湯をのぞいたりするけれど、これも愛と勇気を伝える活動の一種だろう、多分きっとそうだ。
もし、あなたがネット上のじゅむへんくを見つけたら、どうか愛と勇気をもって接してほしい。
私も愛と勇気をもって行動するから。
そして私が女湯をのぞいていたとしてもそれは愛と勇気、決して通報とかはしないでほしい。
ネット上で異様に攻撃的な人をみると思い出すじゅむへんく 終