写真集を出して妹に絶縁された男
学生時代にさっちゃんという友人がいた。
はじめにことわっておくがさっちゃんは男だ、名字がサクタだからさっちゃんと呼ばれていた。
私はこれまでの人生で数多のグッドクレイジーと出会ってきたが、これからする話は行動力特化型というか、羞恥心を母親の胎内に忘れてきたであろう男の話だ。
■さっちゃんという男
彼とはバイト先の焼肉屋で同じシフトに入るにしたがって親しくなり、よく帰りにファミレスやゲームセンターに寄って遊ぶ仲だった。
顔はわりと男前だし、スポーツも得意だったのでそれなりにモテるタイプだと思うが、居酒屋でトイレに入るとズボンとパンツを履き忘れて席に戻るという露出行為を繰り返したため、いつしかサクタ様専用宴会部屋に隔離される問題児だった。「面白いけど恋人としてはちょっと……」というタイプだったのかもしれない。
ある日突然坊主頭にしてきた時があり、何事かとたずねたら、「空気抵抗が少ない方が速く走れる、短距離走は0.01秒の争いだから」って神妙な面持ちで答えたんだけど、さっちゃんは別に陸上部でもなんでもない茶道部の幽霊部員だ。
バイト中はよく「あの人野球部なんですか」って聞かれるし、もう意味がわからない。
また人一倍ボキャブラリーが貧困だった彼はよく「うんこ」という言葉を多用していた。
「店長に怒られた マジうんこ」
「出席単位足りないわ うんこでしょ」
「彼女とうまくいかない? うんこだねぇ いやオマエに彼女がいるって事実がね うんこなんだよ」
なんだ、万能な形容詞かうんこは。
そんな脳内コロコロコミックな彼なのだが、私はもしかして特化した感性を持つ天才型の人間なのではないかと思い、彼と同じ大学に通う友人に聞いてみたら驚くべき事実が判明した。
出席さえしていれば貰えると言われている講義の単位を、全日出席したにもかかわらず落としたらしい。オイさっちゃん、いったい何をしたんだ。
とりあえず勉強ができるというタイプでは無いようだった。
■写真集を出版する男
「なぁ岡井 オレ写真集出したからちょっとみてくれよ」
ある日のバイト帰りにさっちゃんは言い出した、コイツはまた何をトチ狂っているのだろう。私はいつものゲームセンターでストリートファイターⅢの対戦プレイにて、さっちゃんが得意とするセリフ「何オレのキャラ うんこでしょ」を吐かせる予定だったのだが。
「オレがんばって作ったんだよ サービスショット満載だぞ」
普段から下半身を露出する男が言うサービスショットとはどんなモノなんだ、内蔵でもとびだすのか。ねぇ見てよこの腸柔毛、ビンビンに突起してるでしょ。じゃねえわバカ、やかましいわ。
絶対にまともな写真集なんて出てくるわけはないけれど、興味はあったので彼の家についていくことにした。一応ことわっておくが興味があるのは彼のサービスショットではない。
しかし自室に連れ込んだことによってさっちゃんが私に対しイケナイ昂りを見せたらどうしよう、提供されたドリンクに妙なものを混入されないよう注意せねば。代々忍びの一族という設定にして他人が作った飲食物を口にしない設定にしよう、いやだめだ、さっき一緒にモスバーガー買い食いしたばかりだ、どういうことだってばよ。
実家暮らしの彼の家に到着。おじゃましますと玄関で靴を脱ぎ、彼の部屋がある2階へと歩を進める。
階段で彼は振り返る。
「今日……親いないんだ……」
顔を赤らめて言った。
いやそういうのいいから、あと妹がリビングでマリオカートやってるの知ってるから、音聞こえてるから。ヒャッフゥーヒャッヒャヒャヒャッフヒャッフゥー!キノコの使い方すげぇなオイ。
なんかオシャレな間接照明が灯された彼の部屋に入る、男二人なのにムード出してどうすんだコイツ。
引出しから件の写真集とやらが登場した。
表紙部分にはサーフボードを抱えてだらしない笑みを浮かべるさっちゃん、そして上部には写真集のタイトルが記されていた。
『セックスは戦争中』
■行動力だけはある男
冷静に考えると助詞の“は”がおかしいのではという部分に気付くものの、それもこの文字列が放つ圧倒的パワーの前では無力とさえ感じられる。
うむ、たしかにアレはある意味戦争と言っても過言ではないな、なんかすごいプレイとか始まりそう。
そんなパワーワードの下では相変わらずサーフスタイルの笑顔をみせるさっちゃん。
表紙だけみると濃厚なゲイ雑誌のそれにしか見えなくなる。
ページをめくるとちょっと引きの画になっており、見覚えのある地元の海でボードをかかえるさっちゃんが写っていた。
彼がサーファーだったとは初耳だったので、いつからやっているのかをたずねてみた。
「? いや サーフィンなんてやってないよ」
どういうことだ、この写真でサーフボードを抱えているのはキミではないのか。
「ああ 借りただけ 友達の兄ちゃんに500円で一日貸してもらった」
別にサーフィンとは何も関係ないし、興味もないのにかっこつけて小道具を調達したらしい。
まぁ確かに海辺で意味もなくたたずんでいたりするよりは、かっこいいスポーツに取り組んでいた方が写真としてはいいのかもしれない、そこはわかる気がする。
でもここって砂浜じゃなくて岩肌がゴツゴツしているエリアなんだ、こだわるならせめて海水浴場に行け。
さらにページをめくると舞台は室内に移っていた、木張りの床と壁の雰囲気から少々年代が経っている家だろうか、そこで食卓テーブルを手前に置いた構図でさっちゃんが写っている。
全裸で。
ちょっと待って欲しい、3ページ目から全裸とかあたまおかしい。
「違うって いや大丈夫だから」
浮気を責められる気弱な男のように弁明を繰り返すさっちゃん、何が大丈夫だというのだ、セクシャル大惨事ではないか。
「ちゃんとみてよ 隠れてるからぁ」
確かに彼の言うとおり、局部はテーブルに置かれた缶コーラでうまく隠れていた。
いや、だからなんだ、見えているかという以前にこの題材がおかしいんだ、コーラだけが乗っている食卓を前にした全裸の男、って冷静に考えるとけっこう怖いぞ、肌色ペプシマンか。なんの見栄なのかロング缶を使っていることも腹立たしい。
そもそもこの一連の写真は誰がとってるんだ、こんな変態行為につきあうヤツなんているのか、まさかカメラマンも金でやとったのか。
「バァちゃんの家で全部自分撮りした、編集も俺、ずっと一人」
やだ、このひと怖い。
■ポエムの男
ページをめくると、さっちゃんは薄暗い部屋でTシャツとハーフパンツ姿になっていた。
この先無修正画像の百鬼夜行が繰り広げられるのでは、と危惧していた私は胸をなでおろしたものの、同時になぜ序盤に全裸というトリッキーな構成にしていたんだと疑問が生まれる、盛り上げ下手にも程があるぞ。あれか、初手であなごを出すタイプの寿司職人か。
何故か目を閉じて瞑想スタイルの彼の横には、丸文字でこう書かれていた。
サクタ アツシ 21歳
B 88 W 52 H 91
休日の過ごし方 バーコードバトラーⅡに夢中です
全日本美少年コンテストで準優勝を遂げたさっちゃん、今年は夏を迎えて各種グラビア雑誌にも登場、みんなこの笑顔とセクシーボディに癒されてっ☆
雑誌のグラビアページの構成を意識しているのはわかるが、名前以外の全てがツッコミどころというゆでたまご先生も真っ青のページだ。
バーコードバトラーとか懐かしいな、流行ったの小学生の時だぞ、さすがにもう遊んでないだろ。そんな思いを抱きながら無言でページをめくる。
そこにはバーコードバトラーⅡに頬ずりして満面の笑みをうかべるさっちゃん。
まさかの現在進行形だ、物持ちいいなさっちゃん、でももう対戦相手いないだろ。
顔を上げると彼は写真と同じポーズでバトラーⅡに頬ずりし、ギラギラした視線を送りつけてくる。根負けして一度だけ対戦したが、バーモントカレーのバーコードがクソ強いというどうでもいい情報だけが手に入った、なんだこの時間は。
続くページでTシャツを脱いで上半身をみせるさっちゃん。やっと服を着たと思ったらまた脱ぎ始める彼の波状攻撃にはもう不安しかない。そしてページの左半分には謎のポエムが展開されていた。
はじめての挑戦に不安はつきもの
だけど怖くないよ
そこには新しい世界が待っているから
幼児向けアニメソングのような詩ではあるが、内容はポジティブだし特に変なワードも見当たらない。
しかし横に上半身裸の男が立っているだけでこれほどの破壊力が増すものなのか、視覚のマジックをまざまざと見せつけられた気分だ、写真の中で微笑むさっちゃんから『新しい世界』にいざなわれたら確実に何かを失う気がしてならない。
私は逃げる様にページを進めた、といってももうほとんどページが無い、なんて薄い本だ。
■タイトル回収の男
目隠しをされ
後ろ手に縛られ
全裸で床に転がるさっちゃん
見開きで登場した衝撃の官能的写真、足の角度で局部はうまく見えないように調整されている。
普通ならばバカじゃねえのと一蹴したくなるような写真だったが、不思議とそうは思えない魅力があった。目隠しから想像させる表情や、一糸まとわぬ人間の肉体そのものの美しさ、言葉では説明できないが、何故かその写真に私は釘づけになった。
いや、正直に言う、私は少し色気を感じてしまった。
もちろん現在においてもその気は無いが、とにかく魅せ方というか演出の大切さのなんたるかを理解できた気がした。そのきっかけが全裸の男が縛られている写真という変態アイテムになってしまったのが残念でならないが、とにかく革新的だったし、新しい世界もあながち間違いではないと感じさせるものだった。
ページ下部には例のごとくポエムが展開されており、それは私にさらなる衝撃を与えた。
セックスをする時は常に戦争のことを考えるよ
すぐにイかないようにする 男のマナーだよね
セックスは戦争中なんだ
コイツ天才かよ。
プレイ時の心構えと具体的なテクニック、そして世界平和まで考えるというワールドワイドスタイル。
何故か目から涙があふれてきた、バカな友人のバカな写真だと思っていたら、そこからあふれんばかりの美を感じるというカウンターにノックアウト、だってだってBaby 愛愛会いたいわ。
気が付くと私はさっちゃんの肩を抱き、よくやってくれた、おまえは天才だと称賛していた。いいものをみせてくれた、自宅のプリンターで印刷した影響でゴワゴワしまくった紙面が味わいを増しているなどと、上質なワインを楽しんだ後のような余韻を味わい、語りにも熱が入る。
突然部屋のドアが開けられて、彼の妹が入ってきた。
■絶縁される男
「おにぃ、マリカの攻略本持ってってる?」
そう言いながらドアを開けた彼の妹を前に硬直する私とさっちゃん、入口に向かって写真集を広げる形になっていた我々に逃げ場は無かった。
「……? 二人で何見てン…………ゴアッ!!!!」
地獄のウシガエルを思わせる野太い声を出して彼女はのけ反った。
無理もない、自分の兄が全裸で縛り上げられている写真を、その兄自身が男と閲覧中なのだ。一般的な女子高生にとっては地獄絵図と言っても過言ではない。
さっちゃんも妹から向けられる汚物を見る視線を感じ取ったのか、「大丈夫だから、見えてないヤツだから」と説明していたが、多分見えてるとかそういう問題じゃない。
妹も「いいからいやそういうのいいから」と音飛びしたCDよろしく繰り返し、感情を失った殺人マシーンみたいな表情のまま部屋を後にした。
そしてそのやりとりを眺めていた私は思った。「上質なワインの後に家族の亀裂というデザートまで味わえる、まさに感情のフルコースやぁ」と。
後に聞いた話だと、あれから彼の妹は事務的な連絡以外一切のコミュニケーションを拒絶しているらしい。
さらに家のプリンターのインクを大量に使用(※家庭用プリンターのカラー写真印刷は大量にインクを消費する)したことが父親にバレて朝の4時まで叱られたと言っていた。
この話を聞いた私はさらに笑い転げたと同時に、芸術とは痛みを伴うものなのだと理解した。
女子高生が本当に驚いた時は「キャッ///」とかじゃなく「ゴアッ!!!!」っとウシガエルのように叫ぶんだなということも理解できた。
私の人生に影響を与えた男は歴史上の偉人ではない、間違いなくさっちゃんだった。
そして私は今もプレイに勤しむ時は戦争の事を考えるように努めている。
サンキュー グッドクレイジー
写真集を出して妹に絶縁された男 終