おかいさんといっしょ

おかいさんが極めて個人的なことを吐き出すからいっしょういっしょにいてくれやみたいなブログ

四次元喫茶

その古びた喫茶店は、山頂付近の道路沿いにひっそりと建っていた。

築40年はあろうかという古ぼけた外壁にツタが這い、見ようによっては雰囲気があって素敵と言えなくもないが、床板は一部が腐り落ちているし、壁に入ったヒビをいつまでも修理しないので隙間風が入りまくる快適とはいえない環境だった。
でもコーヒーの味だけは絶品で遠方からわざわざ山を登って来るファンも多い、ということもなく平凡そのものの味。

しかしながら私の記憶に強烈にこびりつくこの店の特徴、それは注文の通らない喫茶店だということだ。

 

 


■紅茶がおいしいわけでもない喫茶店

友人カトウとのドライブ中偶然発見したこの店、ちょうどのども乾いていたし、ついでに腹ごしらえしようと入店した。

「あぁー う…… いらっしゃぁい……」

若干腰が曲がって声もしわがれてはいるが、にこやかな表情で婆さんが出迎えた。

適当に座れと言われた我々は窓際のテーブル席に着席し、メニューを眺める。
サンドイッチ、ナポリタン、ハンバーグ、クリームソーダにホットコーヒー。
うん、外観通りの昔ながらの喫茶店メニューだ。私はこういう雰囲気が好きだし、ドリンクにレモネードがあることも個人的にはポイントが高い。

水を持ってきた婆さんに注文をする。私はナポリタン、カトウはしょうが焼き定食、食後にレモネードとホットコーヒーを注文した。
窓から見える景色は本当に素晴らしく、夜になったら夜景も楽しめそうだななどと談笑していると、婆さんがテーブルに料理を置いて言う。

「ホットサンドとハンバーグお待たせぇ」

……?

カトウと二人で顔を見合わせる、あれ、テーブルを間違えているのかな。
婆さんにこれは違うテーブルのオーダーではありませんかとたずね、伝票も確認してもらう。

ああ間違えましたごめんなさいと婆さんが謝り、いえ気にしないでくれたまえハッハッハなどと、なごやかかつすみやかな事の解決を期待したのだが、ここで思わぬ方向に話が動く。

婆さんはおかしなことを言う客だというような顔をして

「いえ、お客様は確かにホットサンドとハンバーグです、伝票にも書いてありますぅ」

差し出された伝票にも確かにそう書いてあった。
なんだろう、新手の詐欺だろうか、それともこの店ではナポリタンをホットサンドと呼んでいるのか、いや、だとしてもメニューの名前がおかしい。
注文時の言い方がまずかったのか、だとしてもしょうが焼きとハンバーグは音としても似ていないだろう、
少なくとも我々が考えていたものと全く違うメニューが出たのだから、作りなおしてもらうことも考えるべきか。
そんな考えがカトウとの間で駆け巡り、少々沈黙が訪れる。

「……何か間違っていたでしょうかぁ」

心底悲しそうな顔をした婆さんを見て我々は何も言えなくなり、いえ、いただきますぅ、と静かに食べ始めた。
うん、味は普通だ、これが口に合わなかったら不満も大きいだろうが、そこまでナポリタンへこだわってもいないので結果的には問題ない。

食後のレモネードとコーヒーは間違いなく出て来たし、つまらないこだわりで周囲を傷つけるのはよくないと笑い話にして店を出た。

 

 


■喫茶ふたたび

「あの店また行ってみようぜ」

季節が一つ変わった頃、カトウが突然言い出した。
わざわざ行くような店でも無いと思いつつ、暇だったという著しく積極性に欠ける行動原理で山道ルートに車を走らせた。
ここだけ昭和かよというたたずまいのその店では、おそらく昭和初期、下手すると大正時代製の婆さんが出迎える。

「また別のメニューが出てくるのかな」
「まさか、あのときはたまたまだったんだよ」

そんな会話をしながら今回は日替わりランチとコーヒーをそれぞれ二人前注文した、ちなみに日替わりはミックスフライ定食だ。

 

 

数分後に我々のテーブルにはオムライスとハンバーグが乗っていた。

コントか、テンドンか、いえ天丼ではなくオムライスです、じゃねえわ、やかましいわ。
どう考えてもおかしい、仮に日替わりメニューが何らかの理由で変わっていたとしても、同じ内容の二人前のはずが全く別の品物が出てきている。
今回は文句のひとつも言おうとしたが、婆さんが例のごとく悲しそうな顔をする。

私はここではっと気づいた。
そうだ、高齢になると耳が遠くなるのは当たり前だ、きっとこの婆さんはこれまでも度々客に注文の間違いを指摘されてきたのだ。

長年守ってきたこの店、しかし寄る年波には勝てない、ツタ江(仮名)は限界を感じていた。
お客様に喜んで頂ければ、その思い一心で店を続けてきたが、いつしか客を不快にする店になってしまった。
飲食店の店員に必要以上に偉そうにタメ口をきくアホな男に
「注文違うじゃねえかババア! 土下座しろ! 誠意みせろや!」
とまくし立てられ、頭を床にこすりつけながらツタ江は涙を流していたのだ。

そうだ、そうに違いない。

私はカトウに黙って食べろ、ツタ江さんも大変なんだよと伝え、黙々とオムライスを口に運んだ。
カトウが「ツタ江って誰だよ」としつこく聞いてくるが、感極まった私はうまくその背景を説明することができなかった。
そのまま勢いよくコーヒーを流し込んで、おいしかったですと店を出た。

するとほぼ同時に会計を済ませ店を出た夫婦客にカトウが声をかけていた、

「この店 注文と違うものが出てきません?」

おい馬鹿やめろ、これ以上ツタ江さんの心を傷つけないでくれ、

「この店には10年以上通っているけど間違われたことは無い、耳が遠いという話も聞いた事が無いな」

旦那の方がしっかりとした口調で答える、気をつかって嘘をついているというようにも見えない。
一体どういう事だ、そう思って食べログを開いて店の口コミを調べてみた。
口コミ数は7件しか無かったものの、どこにも注文の件には触れられていない。

一体これはどういうことだ、私の思考は完全にツタ江に翻弄されていた。
「ちっくしょうツタ江め、一体どういうつもりだ」
思わず声に出てしまった。
「いやさっきからツタ江って誰なんだよ」
カトウがしつこく聞いてくる、うるさい黙れ。

 

 


■オーダー四次元魔境

当時付き合っていた彼女と店に来た。
カトウと二人の時にオーダー事故が起きるならば、彼を戦力外通告して新たな戦力で臨むべきだろう。
彼女には事前にいきさつを話しており、ここは実験のためオーダーも彼女におこなってもらう。
この何がでるかわからない魔境と化したオーダーシステムを解き明かしてやりたい。
私はミックスサンドとレモネード、彼女はエビグラタンと紅茶を選択して注文、しばし時を待った。

「エビグラタンとハンバーグお待ちでぇす」

もういよいよハンバーグ皆勤賞か、執念のようなものすら感じるわ。
今までカトウがハンバーグにとりつかれているのかと思っていたけれど、とりつかれているのはむしろ私だったのか。
そしてエビグラタンは普通に来るのかよ、何基準なんだ、呪いか、ハンバーグに恨みをかうような身に覚えが無い、わんぱくでもたくましく育ったつもりだ。

「あっ、注文したのミックスサンドですよ」

物怖じしない性格の彼女がすかさず婆さんに言った、男としては若干情けないが頼もしさすら感じる、がんばれ彼女彼女がんばれ。
よく考えたら直接間違いだと指摘したことはなかったのだ、いったいどんな反応をするんだツタ江。
まさか私が先だったご主人の若い頃にそっくりで、気を引くためにわざと間違っていたとでも言うのか。い、いけねぇやツタ江さん、あっしには心に決めた人が――

「うぅ? あぁ本当だ、そっちのお客さんいっつもハンバーグだから、どうもねぇ……」

いつの間にかハンバーグの男として認定されていた。
いや、そもそも最初から一度たりともハンバーグを注文したことは無いんだが。

「……ごめんねぇ 作りなおすかい?」

あぁ、またあの悲しそうな顔だ。
まぁいいさ、ハンバーグもおいしいさ。
彼女の前でかっこつけたい気持ちも手伝って、器の大きいハンバーグ男となった。

ホント、言った通り変わった店だろ?
そんな話をしながら食事を済ませる、まぁこれも楽しい思い出になるだろう。

「はぁい 食後のドリンクですぅ」

登場する紅茶とジンジャーエール

紅茶とジンジャーエール

ジ ン ジ ャ ー エ ー ル

 


今までここだけは守られてきたドリンクオーダーにもまさかの浸食。
確かに色味としてはレモネードに似ていないくもないが……
いや、もうこの際そんなことはどうでもいい、婆さんはわざとやっているんだと確信した。

やってくれたなツタ江ェ!!

多分名前ツタ江じゃないけどォ!!

 

 

 

 


でも面白くてその後もたまに行った。

 

 

 

 


四次元喫茶     終