おかいさんといっしょ

おかいさんが極めて個人的なことを吐き出すからいっしょういっしょにいてくれやみたいなブログ

フライングバルセロナ セイヤ君

人の行動原理とはなんだろう。

信念や欲望、本能や悲しみである場合もある。
それは一つではなく、場合によってもまた異なる。

小学2年生、まだ8歳だった私を動かしたのは、怒りと屈辱感だった。

 


■執拗セイヤ君

ダルシムが執拗にスライディングを繰り返してくる、起き上がるたびに転ばされる。
私の操作するリュウはおもしろいように地面を転がり続け、数秒後にはK.O.された。

当時大ブームだった『ストリートファイタ―Ⅱ』のスーパーファミコン版を対戦プレイしていた私は、持ち主というイニシアチブをえげつないほど発揮した同級生のセイヤ君に「ズルいぞ」と文句を言った。
手も足も出ず一方的に痛めつけられた屈辱、そしてそんな戦法を躊躇なく繰り出したセイヤ君への怒り、キリングマシーンと化し友情までも破壊せんとするセイヤ君への不信感は相当なものだ。

 

「これは戦略だ、相手の弱点をつくというのが勝負の鉄則なのだ」

 

どこかで聞いたような言葉でセイヤ君は続けた。

 

「俺も兄貴からのハメ技を耐えつづけファイターになった、くやしければゲームでやりかえせ」
(※「ハメ技」というのは回避困難な連携攻撃を繰り返すことを指す、猥褻な意味は含んでいない)

 

ファイターはダルシムであって、セイヤ君がファイターになったわけではないだろと思いながらも、確かにゲームのくやしさはゲームでやりかえすというのは一理あると感じた、愛読していたコロコロコミックでもゲームやミニ四駆で勝負をつけていたではないか。
そう思い私は武者修行に出る決意をした、小学2年生から修行を始めるなんて、岡井少年は漫画向きのキャラクターだ。


しかし残念ながら岡井家にスーパーファミコンは無かった。
数万円もするゲーム機など高嶺の花、自宅で練習することは不可能だ。
ダメもとで世代交代を終えたファミリーコンピューターの『ファミリースタジアム』という野球ゲームをプレイしてみたが、そこにはストリートファイトもインドもヨガもありはしない、「ぴぴ」がやたら活躍しているだけだった。

 


■陰湿セイヤ君

岡井少年は繁華街のゲームセンターに居た。
そこで稼動中のストⅡシリーズのプレイヤーの動きを見て、ダルシム攻略のヒントを得ようとしていたのだ。プレイもしないのに連日筐体横に立ち続ける子供はさぞ迷惑な存在だっただろう。

しかも街の腕自慢どもが扱うのは、ガイルというメリケン野郎キャラばかりだった。
あちこちの筐体からソニブーソニブー聞こえてくる、なにがソニブーだダルシムを出せ。どうやらこのガイルが強いキャラクターとして世間では認知されているようだった。

私もガイルを使えばあるいはとも考えたが、それだけではあの陰湿なスライディングの解決にはならない、ダルシムを攻略する姿を見せて欲しいのだ。

筐体横からじっと動かぬ地縛霊となった不気味少年が待つこと数時間、ついにダルシム使いが現れた、ガイル使いと対戦だ。

よしガイルよ、セイヤ君の最低下品スライディング戦法をぶっ潰す手段を見せてくれ。

 

ファイ!! バシーン!! バシーン!! ドゴォ!! ヨガーフレイ ウーワウーワ

 

ガイルが負けた、いや負けるんかい。
あの忌まわしきスライディングも見事に決まってしまい、なんの参考にもならない。

 

「せんしとしての ほこりが おまえにはあるのか!?」

 

鼻血を出すガイルのグラフィックを横にダルシムと勝利セリフが表示される。
間合いの外からボコボコにしてくるヤツが戦士の誇りを語るなど、twitterなら炎上案件である。

 


■暴虐セイヤ君

しかし街の腕自慢達を観戦しているととあることに気付いた。
ダメージを受けることなく防御できる「ガード」の存在である。
これはセイヤ君も使っていなかったムーブであり、とび蹴りや足払いをガシガシと防御して反撃の隙をうかがえるものだった。「ガード」! そういうのもあるのか。

 

そう思っていた矢先、対戦が続く画面上ではスライディングをガードしたリュウダルシムに巴投げを決めていた。あのお下劣スライディングもガードして反撃できる、孤独のファイターであった岡井少年に新たな戦略が誕生した。

 

画面上のリュウはさらに驚くべき動きを見せた。
なおもスライディングでせまるダルシムを跳び上がりアッパーカットで迎撃したのだ。
僕もこの技をキメたい、あの憎きクソスラセイヤ君にぶちかましたい。
まさに必殺技とも言うべき「昇龍拳」を目の当りにした岡井少年は一瞬で虜になった。

 

しかし初心者には複雑な操作を求められる昇龍拳、思うように繰り出すことは難しい。
練習しようにも前述の通り家庭用環境は無く、ましてやいきなりアーケードデビューをしようものなら、小学生には大金である100円を乱入対戦により30秒で失ってしまう可能性が高い。

コマンド操作だけでいい、何か練習できるものを。
そう考えた後にたどり着いたのは『ファミリースタジアム』だった。

 

ファミコンの赤いコントローラーを握り、十字キーにコマンド入力を繰り返す。
ソフトはファミスタなので当然昇竜拳は出ない、「ぴぴ」が小刻みに揺れるだけだ。
それでも岡井少年のイメージでは昇竜拳を繰り出すぴぴが描かれていた。

 

ファミスタにはストリートファイトもインドもヨガも無かったけれど、スライディングはあった。
私はイメージの中で一塁に滑り込む走者を何度も昇龍拳で迎撃した、もはや一塁手くにおくんを通り越してリュウに脳内変換されていた。実際に走者にアッパーしようものならtwitterじゃなくとも炎上案件だ。

 


■外道セイヤ君

セイヤ君との戦いの日が来た。もう二人に言葉はいらない、黙ってストⅡをセットしキャラを選ぶ。

彼のお母さんが用意してくれたお盆の中では、2枚1組のサラダせんべいが仲良く鎮座しているが、今日の我々は仲良くすることはできない。
二人の間にはしる溝は深く、もはや倒すべき宿敵となっている、いわば割れせんべいなのだ。

 

相も変わらずダルシムが恥知らずなスライディングでせまる。
練習したとはいえ、そううまく昇竜拳は出てくれない、コントローラーをガチャガチャいじる音とリュウが転倒する姿だけが繰り返され1ラウンドが終わった。
セイヤ君は鼻で笑っていた。

 

悔しい、このままでは終われない、あんなに練習したじゃないか。
ファミスタとは思えない激しい操作を繰り返し、姉に心配されたじゃないか。
昇龍拳を体得するためと言いながら、仕事帰りの父親に突然アッパーを繰り出したじゃないか。
そして父にボディスラムで反撃されて玄関のガラスぶち破って泣いたじゃないか。
結果、父は母に滅茶苦茶に怒られたじゃないか。
正座させられて「もう子供を投げ飛ばしません」と誓約させられてたじゃないか。
「ちちおやとしての ほこりが おまえにはあるのか!?」と言われて……それは無かったか。

 

すべての想いを乗せて昇龍拳は放たれた。
見事に邪知暴虐スライディングを迎撃し、放物線を描いて吹っ飛ぶダルシム
スライディング見て昇龍余裕でしたと言いたい気分だったかもしれない。

その後はガードを解禁し、難なくダルシムを撃破。ゲームのくやしさをゲームでかえすことに成功したのだ。どうだいセイヤ君、僕もなかなかやるもんだろう。

 

セイヤ君は無言で春麗にキャラチェンジしてきた。
そして開幕からパンチ連打で固めて投げを繰り返す「中パンチハメ」と呼ばれるハメ技を実行した。
(※「ハメ技」はいやらしい攻撃ではあるが卑猥な意味は無い、でもすごくいやらしい攻撃だよ)

昇龍拳も間に合わず、ガードの上から投げ飛ばしてくる。
手段を選ばぬキリングマシーンと化したセイヤ君の春麗に、なすすべなく倒れるリュウ
せんしとしての ほこりが おまえにはあるのか!?

 


■最低セイヤ君

戦いは互いの春麗がパンチと投げを刺し合う泥沼となっていた。

 

「汚ぇも糞もあるか」

 

そう発言したセイヤ君にふっきれた私は、ハメ技にはハメ技を。禁断の同キャラ、同戦法をぶつけたのだ。
(※「ハメ技」はする方もされた方も非常に興奮しやすいけれど、性的な意味は多分ないから注意するように)

 

単調な操作でハメてハメられを繰り返す二人、もはや運まかせの不毛なハメあいだ。
(※「ハメる」という字面で興奮したあなたは心が汚れています、私はもちろん興奮していますが)

 

戦績は7勝3負程で私が上回っていた、やはり日頃のおこないがモノを言う、せんしとしてのほこりが違うのだろう。

 

「ヒョー!!」

 

突然奇声をあげたセイヤ君が私のコントローラーを引き抜く。
棒立ちになった私の春麗を瞬殺し、小学生とは思えぬ邪悪な笑みを浮かべて言う。

 

「相手の操作前にコントロールをカットする、これが本当の“フライング”バルセロナアタックだぁ!!」

 

フライングはいいとしてバルセロナは何なんだよと思ったが、もはやそんなことは関係ないと言わんばかりのセイヤ君。戦うのが好きなんじゃねぇ勝つのが好きなんだ、と言う名言を残した氷炎将軍フレイザード様の精神が乗り移った彼を止めることはもうできない。

第2ラウンドの開始と同時に「ヒョー!!」とコントローラー接続部に手を伸ばしたセイヤ君。

 

私の昇龍拳が彼の顎を捉え、その後は掴み合いの喧嘩になった。

 

思えば彼の行動原理もまた怒りと屈辱感だったのかもしれない。
なんとしても勝ちたい、二人はやりかたこそ違ったものの、勝つためにあらゆる手段をとった。
この時のセイヤ君の気持ちも今なら理解できただろうか。

 

 

 

人生初のゲームからのリアルファイトを繰り広げたセイヤ君は、その後高学年に進級すると生徒会長になった。

 

「みんな仲良くしましょう」
「おもいやりを大切にしましょう」
「学校をきれいにしましょう」

 

そんな彼が立派な発言をする度、私は思い出していた。

 

「汚ぇも糞もあるか」

 

という彼の最低発言と邪悪な笑み、そしてフライングバルセロナアタックを。

 

 

 

フライングバルセロナ セイヤ君   終