金貨を持ったシャーチョ -現金や金券を簡単に入手したい人のための寓話-
世の中には親切な人がたくさんいる。困っていると解決方法を提案してくれたり、時には自分に代わって実行してくれる人も存在しており、世の中まだまだ捨てたものではないなと感じる。
少し前からは驚くほど親切な方々が跳梁跋扈していることに気付いた。なんでもSNSツールをちょっと操作すれば現金や金券をもらえるらしい、丁寧に札束の動画なんかが添付されているので即物的に理解できることもさらに親切に磨きがかかっている、もう過激派親切と言うべき存在だ。
企業がグッズや金券を配布することは、商品やサービスの宣伝手段だとして理解できる。しかし過激派親切はその背景が全く不明でありながらとにかくお金を配りたくて仕方がないという、日本で承認されていないタイプのお薬を摂取しているのではと心配になる症状をみせており、「信じるヤツだけにチャンスがある、だから信じろ」みたいな猛烈にカッコイイ台詞も飛び出す。話の整合性や信用証明を全部置き去りにする圧倒的格好良さに眩暈がしそうだ。
誤解の無いようにことわっておくが、親切な彼らに文句を言ってやろうなんて考えていないし、話に乗った人を批判したいわけでもない、100万円を配布して話題になった社長もすごいと思う。
ただもう一度考えて欲しい、あなたにとっての「リスク」とは何か、リスクやコストを払わずに何かを手に入れようとする行為が何を意味するのかを。
―――みたいなことを考えて2カ月程下書きファイルに寝かせた結果、完全に旬を失ったうえ、厭味ったらしくて嫌な話に仕上がったのがこちら、『金貨を持ったシャーチョ』である。
海に囲まれた小さな国に、ある日シャーチョという男がやってきました。黒いマントに全身を包んでいて顔や年はわかりませんが、良い人達ばかりの平和なこの国は出入国自由なので問題はありません。
大きな広場まで来たシャーチョは、持っていた仕立ての良い鞄を掲げてこう言いました。
「ここに金貨が100枚あります!! 希望者に1枚づつ配りますよ!!」
まわりにはあっという間に人だかりができます。
「金貨100枚だって?」 「それをくれるっていうのか?」 「まさかそんな」 「あやしいなぁ」 「でも実際に金貨をくれたヤツがいたって噂を聞いたぞ」 「そうだおれも聞いたことがある」 「なにか条件があるんだろう」 「話だけでも聞いてみるか」
シャーチョは鞄の中に手を入れて、金貨十数枚を無造作に取り出してみせました。そして人々が金貨のまばゆさに釘付けになるのを確かめるようにゆっくりと話し始めます。
「私の名はシャーチョ、この金貨をお渡しする条件はたった2つです、金貨の使い道を話す事、私が差し上げるバッジを付けていただく事、もちろんバッジも無料です、簡単でしょう?」
良い人ばかりの国には良い人が来るものだ、それだけならやってみるかと前列の人々が歩を進めると、シャーチョは少し困ったような顔をして言いました。
「……おや、どうも100人以上いらっしゃるようですね、では希望者の方から後日抽選で100名に金貨を届けることとしましょう、バッジはたくさんあるのでご安心を」
この国の人々は良い人達ばかりです、それでも金貨がもらえる可能性があるならと文句も言わずにシャーチョの前に並び始めました。
◆
「シャーチョ様!! 年老いた病気の母の治療費に金貨を!!」
「国のための戦いで怪我をしてまっとうな仕事にもつけません、どうか僕に!!」
「いいやシャーチョ様!! 私ならばその金貨をさらに貧しい人々に分け与えましょう!!」
「自分ならば金貨を元手に商売を成功させ、国全体を豊かにしてみせます!!」
集まった人々は金貨の使い道を次々に話します、どれも耳障りの良い素敵な言葉ばかりです。シャーチョは聞いているのかいないのか、話を聞いた後は黙って名前と住所を紙に書かせバッジを渡しました。
人の列は途絶えません、広場に集まった列を見て、あるいは帰路に着く者のバッジから噂が広まり、金貨を求める人々の列ははじめよりもずっと長くなる一方でした。
俺は……俺はみんなのような立派な理由なんてない、家族もいないし商売も面倒だ、こんな俺に金貨をくれるっていうならどっかでうまいもんでも食うよ。
すっかり日も暮れた頃、ひと際身なりの汚い男が正直にそう言うと、シャーチョは少し顔を上げたように見えましたが、男は同じようにバッジを付けて帰されました。
終わる頃にはその国はバッジを付けた者だらけになり、最終的には何万という人がシャーチョのもとに集まったと言われました。
◆
金貨を手にしたという者はなかなか現れませんでした。シャーチョは忙しいのか、それとも忘れられているのかなどと疑う者も出始めます。
やはりあれはみんな騙されていたんだな、まぁ一杯食わされたというヤツだが、格好つけた理由を得意げに話していた奴らはさぞ恥ずかしいだろう。
正直に話した男もそう考え家で昼寝をしていると、突然ノックの音が響きました。はて、俺をたずねてくるヤツなんているかなとドアを開けると、そこにはシャーチョの使いのフォッロと名乗る頭巾の男が立っており、部屋を確かめるように見回した後にこう言いました。
「おめでとうございます、シャーチョ様の金貨が当選しました、つきましては受け取りの手続きを……」
男は大喜びでいくつかの書類にサインをし、言われるままに手付金として持っていた銅貨一枚を手渡しました。当選者が出たという噂は次第に広まり、男はちょっとした有名人、気持ちの良い羨望の眼差しを受ける日々を過ごします。
しかし待てど暮せど金貨が来ない、男は不思議に思い周囲にたずねると、同じような当選者は数人いるものの、実際に金貨を手にしたという者はみつかりません。
不思議に思った男は足を棒にして歩き続け、やっとの思いでたくさんの書類を抱えたフォッロを見つけました。
「シャーチョ様は多忙なうえ、何万という応募者がいるのです、処理に時間がかかるのも無理はありません、あと10日待って下さい、それで金貨が手に入るなら安いものでしょう?」
フォッロにそう説明されたので、あと10日だなと念を押してその日は帰りました。
◆
約束の10日が過ぎても金貨は届きませんでした。
ああそうか、やはり俺は騙されていたんだ、浮かれちまって恥ずかしい、そう思っていた男のもとに、ある日髭の立派な紳士がたずねてきてこう言いました。
「私の名前はリッツ、お尋ねしたいのですが、ひょっとしてあなたはシャーチョ様から金貨を受け取る約束をされた方では?」
そうですが、それが何か、あんたも俺を笑いに来たのかい? 男はふいと顔をそむけながらそっけなく対応をします。
「ああ、大変失礼しました、実は先日フォッロという者が配布予定だった金貨を持ち逃げしてしまったのです、でもご安心ください、シャーチョ様が追加の金貨を用意されました」
髭の紳士はそう言いながら鞄に詰め込まれた金貨を見せました。それを早く言ってくれと飛びつく男を静止してリッツは続けます。
「お待ちください、全員の配布状況が確認され次第のお届けとなります、つきましてはこちらの確認書類にサインを……」
男は言われるままに書類にサインを続けました。
◆
それから一月たっても金貨は届きませんでした。
また騙されてしまった、よく確認せずにサインしたがあの書類は一体何に使われるんだろう、男が少し心配になった頃、乱暴にノックの音が響きました。
「シャーチョ被害者会の者です、あなたもシャーチョに騙された方ですよね?」
ドアを開けるなり眼鏡の男がそう言い、名刺を差し出しました。
……被害者の会代表? 不思議に思ってたずねると眼鏡の男は続けました。
「あなたもお気づきの通り、シャーチョおよびそれに続いてやってきた男達は全員詐欺師です、やつらの狙いはカモの情報、残念ながらあなたの情報も詐欺師たちのターゲットリストに載ってしまっているでしょう……」
なんだって、そんなおおごとになっているのか!?
「悔しいでしょう、許してはおけませんよね、私たちはシャーチョ一味の潜伏場所を突き止めました、しかしもう一歩のところで活動資金が尽きてしまいました、やつらの足取りを追うためにも資金援助と情報提供をお願いします、あなたのカタキも私たちがとります!!」
そうだ許してなるものか、義憤にかられた男はなけなしの生活費を自分の情報とともに、眼鏡の男に託しました。
◆
◆
◆
私の名前はシャーチョ、金が金を呼ぶというのは本当だ。
金をやると言えば皆面白いように情報をくれるし、手数料だ手付金だと理由を付ければ現金だって手に入る。まったく、タダで金が手に入ると思っている連中は扱いやすい、最初にリスクが無いと思いこませればすぐに無防備になる。
さて、またあの扱いやすいカモのいる町に行こうか、ええと、フォッロとリッツ、被害者の会はもう使ったから、次はシャーチョから金を取り戻した男なんてどうだろう……