ストーリーテラーを加えると不穏になる
近年のテレビではホラー番組が少なくなったと言われている。たしかにひと昔前の夏休み時期には定番だったバラエティ番組の心霊写真特集なんかもすっかり見かけなくなった。
その理由としてジャンルとしての流行りすたりもあるが、それ以上に撮影品質や加工技術が向上した結果、半端な映像表現が通用しなくなったという面が大きいらしい。たしかに今どき「写真に不気味な影が!!」などと画像をみせられても、こんなもんスマホでも5分で作れると言われて終わりである。
ホラーに必要なもの
日本のホラー表現は終わってしまったのか。いや、そうではない。ホラーというジャンルを形成する要素は他にもあるのだ。そのひとつが雰囲気、これから何か嫌なことが起こりそうという雰囲気を演出することも盛り上がる大切な要素だ。
不穏。おだやかでないことや状況が不安定であることを表す言葉だが、映画なんかでも「不穏な空気を感じるシーン」などと使われることが多い。特にホラーというジャンルではこの“不穏な空気”を出すことで、この後何かが起こるのではないかと期待が高まり、ムード満点な作品となるのだ。
そしてこれはあくまで雰囲気づくり、ここでショッキングなゴア表現やグロテスクなモンスターを出す必要はない。あくまで「この後何かが起こりそう」「平和な世界が終わりそう」「イチャつくカップルが意味も無く殺されたりしそう」と思わせさえすれば良いのだ。
では不穏な空気は具体的にどうやって出せばいいのか。実は答えはもうわかっている、それはストーリーテラーを出すことである。これさえやっておけばどんな幸せ空間もまたたく間に不穏な感じに早変わりである。
え? どういうことかわからない?
あれこれ説明するより見ていただいた方が早いと思うので、実際にストーリーテラーに登場いただこう。
不穏
これは幸せそうなシーンですね、南国の綺麗な海を前に将来を誓い合う二人といったところでしょうか。ここから始まる物語にたとえ苦難があったとしても、最終的にはそれらを乗り越えてハッピーエンドですよ。
!?
えっ、誰? サングラスのおじさんが入ってきた!
「幸せに包まれ将来を誓い合う二人、そこにあるのはまぎれもなく本物の愛です。しかしはっきりとしたカタチを持たないその感情は、ほんの小さなきっかけで壊れてしまうものかもしれません」
なんか喋り出した!! これアレだ、あの奇妙なヤツだ!!
あぁー、暗転しながらタイトルみたいなの入って来た。不穏だ、場面変わったら数年後の冷え切った二人の関係が映し出されるやつだ。そんで主人公がこんなはずじゃなかったのに、みたいに悩んで奇妙な世界に足を踏み入れちゃうやつだ。「シアワセ」とかカタカナ表記してるのがこざかしいけど、オチまでみるとちゃんと意味があったりするやつだ。絶対ハッピーエンドにたどり着かないやつじゃないですか、やだー。
不穏2
あーそうだよ、こういうのでいいんだよ、桜並木なんて素敵じゃないか。やっぱり人間が入ってくるとどうしてもわずらわしい関係が発生しちゃうからね、こういった風景だけのシーンなら不穏な空気なんて感じませんよ。
「毎年春に咲いては我々を楽しませてくれる桜、日本人は特に桜が好きだと言われています。しかしそんな当たり前がある日突然変わってしまったら、好きが嫌いに変わってしまった時、我々は一体どうなってしまうのでしょうか」
あっ待って、やっぱりなんか不穏、桜の花道で黒ずくめのおじさんが語るシーンってちょっと違和感もあるし。疑問を投げかけないで、日常が突然変化するぞみたいな導入を図るのやめて。
あぁー、今度はホワイトアウトしてタイトル入ってくるヤツだ。ある日突然自分以外の人たちの好みが正反対になってて困惑するやつだよ。もう桜とかめちゃくちゃ嫌われてて北斗の拳みたいな世界でモヒカンが消毒だぁーとか言いながら木を燃やしまくるやつだ。終盤何かのきっかけで元の世界に戻ってくるんだけど、やっぱりみんな桜が好きなんですよねみたいなことを言ったら、好きなわけねぇだろみたいに怒鳴られてやっぱり戻ってないって気づいたところで終わるやつだ。やだー不穏ー。
不穏 -ザ・ファイナル-
おっ、これはいらすとやの桃太郎じゃないですか。YouTube動画からスーパーの店頭まで幅広く利用されてる可愛らしいイラスト。さすがのストーリーテラーもこの2次元イラストの中に混ざるのは違和感が強いし、ともすればギャグみたいな絵面になるから不穏って感じにはならないと思うなぁ。
!?
あれっ、横から入ってくるいつものやつじゃないの?
「よく知られた桃太郎のお話。近年では本当は恐ろしい、残酷な面があったなどと言われるおとぎ話ですが、そうした変遷も時代に合わせた必要な変化だったと言えるかもしれません。もしあなたが桃太郎だとしたら、この時代に合わせて変化できるでしょうか」
あぁ、劇中劇のやつだ。その世界をそのまま引き継ぐんじゃなく、あくまで外側から見守るパターンのやつだ、あったわーこういうの。こうなるともう画面内のかわいらしいキャラクターとの対比が逆に不穏だわー。ファンシーな世界から急に現実に戻された感あって怖い奴だわー。
あー、再度画面に戻ってからお話が始まるやつだ。ミューテーションって変化とか変異を意味する言葉だけど、桃太郎要素タイトルに入ってないの逆に怖いわー、おとぎ話の理不尽な要素とかが現代劇の中に差し込まれてくるやつだわー。不穏だけど時代に合わせた変化ってのが何なのか気になってみちゃうやつだわー。
新・不穏
もうアレだ、無機物だ、機械とかそういうやつならいいんじゃないか。一番恐ろしいのは人間とか言うし、自然災害や超常現象とも無縁の機械。オカルトと対極にある科学を前面に押し出せば不穏なんて──
あぁー、まぁまぁ不穏かー。身近な無機物製品のスマホだけど、便利がゆえに問題がある部分とかついてきそうだもんなー。身に覚えのないアプリとかが入っててうっかりタップしたらとかも王道だし、スマホを使っていると思ったら使われているのはあなたかもしれませんとか言いそう、利便性の戒め的なこと言いそう。
もう最初から可愛い感じなら不穏を打ち消すんじゃないかな。普遍的な人気がある猫の画像とかならみんな大好きだし、不穏とかも打ち消す可能性は高い。可愛いは正義──
うーん、まだちょっと不穏かー。 なんでだろう、ストーリーテラーが同じ画面内に収まってるだけで猫も若干不機嫌に見えてくる。一見愛らしい見た目とは裏腹にみたいなことも言いそう、この猫を比喩表現として何かの内面をとらえてきそう、怖い、ストーリーテラーほんと怖い。
もう誰もストーリーテラーにはかなわないのか、その圧倒的存在感は全てをのみこんでしまう。 たとえゴキゲンな音楽フェスとかやっても無理かもしれない。いや待てよ、音楽……?
あぁー!! これだ!! 落ち着いたベテラン司会者の風格。 そんでちょっとした笑いも交えたトークをしてくれそう。
……いやでもこれちょっと反則というか、マイク持たせてステーション感出すのはレギュレーション違反では? 出演者がt.A.○.u.の可能性とか考えたら不穏な感じが無いわけでもないし。
劇場版 不穏 ディレクターズカットファイナルエディション
少々脱線したが、改めてホラー作品に必要な要素について考えていく。雰囲気も大切だが話の結末、いわゆるオチの部分も重要である。
古くからあるパターンのひとつに、視聴者自身も奇妙な世界に取り込まれてしまうというものがある。定番ともいえる結末だが、考えてみれば傍観者だった自分がいつの間にか当事者になっているという怖さは相当なものだろう。もっとも実際にテレビ画面に吸い込まれるなんて表現は既に古典の域にあり、どうやって“当事者”とするかは皆一様に頭をひねる。
もちろん先のストーリーテラーが結末までを案内してくれる場合もある。それはたとえばこんなふうに……
「これまで様々なストーリーテラーの姿をご覧いただきましたが、そろそろあなたにも奇妙な世界の一員となっていただきましょう。いえ、なにも難しいことはありません、これまでのように画面をみながらスクロールしていただくだけで結構です。では、どうぞ」
奇妙な世界を覗いている時、あなたは既にそこの住人となっているのかもしれません。