おかいさんといっしょ

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上司の顔に牛タンを貼り付ける方法

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上司の顔に牛タンを貼り付けた経験はあるだろうか。

 

……わかっている、そんな経験なんてないしする必要も無い、また岡井がバカなことを言い出したと思っていることだろう。

 

だが想像してほしい、何が起こるかわからない昨今、みなさんの人生は全て計画通りに進んでいるだろうか。そう、突然上司の顔に牛タンを貼り付ける必要に迫られる可能性はゼロではない。自分は絶対そんなことはしないと考えているかもしれないが、将来的に誘拐犯から「上司の顔に牛タンを貼り付けなければ愛する娘の命は無い」と要求されることまで想像するべきだ。

 

そしていざそのような場面になった時、簡単に貼り付けることができるだろうか。答えはノーだ、牛タンを片手ににじり寄る部下は色んな意味で恐ろしい存在、間違いなく避けられる、よしんば避けられずとも顔に近づいたあたりでパクリといかれてしまい食いしん坊万歳だ。ましてや「娘の命がかかっているから牛タンをー」と訴えてみたところで、病院を紹介されてしまうのがオチだろう。

 

そこで私の経験をお伝えしておきたい。備えあれば憂いなし、上司の顔に牛タンを貼り付けるプロセスの参考として、そして貼り付けた結果どうなるのかを。

 

 

■衝動は抑えたままターゲットとの間隔探れ

ホリエ部長は気さくな人柄だったが、冗談か本気かの区別がつきづらいのが難点だった。

 

「出張にいくから300円以内でおやつを買ってきてくれ」と言われ、部長ったら遠足じゃないんですからデュフフと笑っていたら「いや笑ってないで、早く買いに行け」と取り立て時のウシジマくんさながらの目つきで凄まれたりもした、二つの意味で冗談じゃない。

 

さらにタチが悪いのは自らのハゲネタを部下にふるという、どうしようもなくえげつない行為をいとも簡単におこなってきた。

「オレは明るい性格だからな、頭も光ってるし、なぁ岡井?」

これは「そんなことないですよ」と言うと自ら認めている部長に反し、さらにネタを殺すことにもなってしまう。かと言って「そうですね見事にハゲ散らかしていらっしゃる」とでも言おうものなら後が怖い、他人から言われるのは違うとか言い出しかねない。

 

ホリエ部長の部下となった結果、上司の前では何も言わずただニヤニヤするという不気味な処世術が身についてしまった。

 

そんなホリエ部長と宮城支店に出張することがあった。仕事は滞りなく完了し、みんなで夕食でもという流れになり、せっかくだからと牛タンの店に入った。

 

そしてここが凄惨な事件現場になるとは、この時の私は考えてもいなかった。

 

 

■焼き鳥をバラバラにする能力を人は女子力と呼んだ

大ぶりな牛タンの切り身が皿に並んでいる、焼肉店でみるようなスライスされたそれとは全く別物であり実にうまそうだ。

 

ううむやはり本格派の牛タン、この肉塊にかぶりつくのが醍醐味ですななどと考えていると、ホリエ部長からナイフで小さく切り分けてくれとまさかの一言。どうやら『女性陣にも食べやすく気遣いできる紳士な俺』という間違ったダンディズムを出したいらしい、おい正気か。

 

私は他人の食べ方に細かく口を出すタイプではない、しかし店から厚切りの肉として提供されたものはそのままが一番おいしくいただける方法ではないだろうか。焼き鳥を串から外して食べる人に食って掛かりはしないが、自分としては提供された料理はなるべく本来のかたちで食べたい。マナーとしての部分は別として、食事は一番おいしく食べられる方法を選択すべきなのだ。

 

「肉を細かくだって? じゃあ部長から先にミンチにしてやろうか?」

 

などと言えるはずもなく、黙々と牛タンを切り刻む私は哀しいサラリーマン、反抗するどころか「私が切り分けるであります!!」とケロロ軍曹みたいな口調になっていた。

 

しかし湾曲した皿の上で厚切牛タンは切りづらい、ちょっと気を抜くと皿の逆サイドから肉がこぼれ落ちそうになる、楽しいはずの食事の席が何かの試験みたいになっていた。慎重にカットしているとなかなか上手いねと褒められたので、畜生このハゲと思いながらも「恐縮であります!!」と元気イッパイに応える。

 

事件はその瞬間に起きた。

 

 

■春の木漏れ日の中で

硬い部位に懸命にナイフを入れていたが、そのはずみで皿の中身をぶちまけてしまった。そして高級牛タンは皿のふちを発射台として宙を舞い、ホリエ部長の顔面に不時着していた。大変な事件である、「アテンションプリーズであります!!」と言ってなごませるような雰囲気でもない。

 

私は詫びた、どんなに嫌いな上司でも顔に牛タンを貼り付けて良いわけはない、ましてや食べ物を粗末にする結果とあってはお店や牛にも申し訳がたたない。思いつく限りの謝罪の言葉を口にしながらテーブルの上を片付ける、皿の牛タンはお亡くなりになられたが、皮肉なことに私の舌はよく動いた。

 

ホリエ部長は怒らなかった、いや正確に言えば怒ってはいたのだろうが、大丈夫だとスーツに飛び散った油をハンカチで拭いながら、楽しい食事の時間を取り戻そうとしていた。

なんと人間のできた人であろう、部下の不始末を広い心で包んでくれた、さっきこのハゲとか思ってごめんなさい。そして同僚のスギモトさんは生き残った牛タンを口に運んでいた、「んふオイシイ」じゃねえよ空気読め。

 

起きてしまったことは仕方がない、気をとりなおしてホリエ部長にも食事を楽しんでもらおう。そう考えていたらスギモトさんが突然笑い出した、今度は何だ、これ以上場をかき乱さないでくれ、そう思いながら彼女が指さす方向に目をやった。

 

部長の顔に牛タンが張り付いたままだった。

 

左頬と頭頂部に切り身が載っている、サッカーサポーターのフェイスペイントのように頬に鎮座する牛タン、頭頂部の牛タンはちょんまげそのものだった、手にした箸にはしっかりと牛タンがはさまっており、我々の前には熱狂的牛タンファンのお殿様が爆誕していた。

 

ダメだ、笑ってはいけない、私が原因の不祥事、粛々と片付けなくては。必死に部長の顔をみないように、テーブルの漬物とかを凝視しながら処理を試みる、肩が震えていたがさとられてはいけない、なんとかここを乗り切るんだ。

 

「お館様、ギュウタンが殿中ですかぁ?」

 

スギモトさんが言った。

 

私の我慢は限界を超えた。

 

 

■ワライモン

この事件の後、私は別の支店への異動が命じられることになる。私の仕事ぶりを評価されての異動、もちろん牛タン貼り付け事件は無関係だ。スギモトさんと一緒になってゲラゲラ笑ってしまったけれど無関係だ。ホリエ部長がウシジマくんの目つきになっていた気がしたのも多分無関係だ。

 

繰り返すが上司の顔に牛タンを貼り付けることを推奨はしない。食べ物で遊ぶような行為はいけないことであり、上司に対しても失礼極まりない愚行だ。

私は今でもホリエ部長を尊敬しているし、あの日の出来事を後悔もしている。その証拠にあの日以来、上司の顔に牛タンを貼り付けたことは一度も無い。意外に思われるかもしれないが、強い克己心で自身を諫め続けている、ダメ、絶対。

 

みなさんにもその経緯だけは紹介したが、実際に行動に移すのは娘を人質にとられたときだけと岡井に誓って欲しい。そして部下に牛タンを貼り付けられることがあっても広い心で許してあげて欲しい。

 

スギモトさんは許さなくてもいいです。

 

 

 

上司の顔に牛タンを貼り付ける方法   終